社員研修旅行レポート

社員研修旅行の記録・レポート

 弊社では、不動産業として多くの方々のお世話をさせていただいておりますが、より良好なサービスを提供できるように、社員の視野を広げ学びを深めるために各地を訪問し研修旅行を開催しています。

 

  平成23年・24年 沖縄視察旅行

  平成25年 大阪~能登半島視察旅行

  平成26年 東日本大震災被災地視察・東京の不動産プロジェクト視察

  平成27年 上海視察旅行

 

<1 上海視察旅行レポート> 平成27年11月13日~15日

  本年の社員研修旅行はゲストも含め6名で上海を訪問致しました。世界中で存在感の大きい中国を体験すべく2泊3日の旅行に出かけました。上海は意外にも近く、沖縄位の距離であることを初めて知りました。今回の行程は時間配分が悪く、空き時間が長かったので自分達で地下鉄に乗る機会を持つことが出来ました。地下鉄は16路線あり、割と単純で1号線、2号線というような路線名なので分りやすく、中国語が全く通じない私達でも難なく乗車できました。乗車マナーは思いの外良く、割り込む人は皆無、同行した最高齢の社員に席を譲ろうとした若者に2回遭遇しました。改札口には飛行機と同じ手荷物検査があったのも驚きでした。

 

 

  上海市内の空気は悪く不完全燃焼の排ガスの様な臭いが町に漂っているがマスクをしている人は皆無。高層ビル群の上部はかすんでよく見えない。交通マナーは悪くクラクションの嵐、歩行者も車も赤信号で平気で突っ込んでくる。しかし、案外事故は少ないらしい。高速道路の渋滞は激しく日本の比ではない。バイクはほとんどが不正改造の電動バイクや、自転車に車のバッテリーを積み電動で走るものもあり、案外エコ。しかし、夜は消費電力削減の為に殆ど無灯火であった。車のナンバーを取得するのに車の購入代の他に8万元(日本円で160万位)必要らしい。独身男性はマンションを持っていないと結婚できないらしい。都心のマンションは6千万から1億くらいするらしい。高速鉄道の総営業距離は約1万6000Km、日本の新幹線は約3600Km営業実績は短いがさすがに国土が広いので距離は凄い。驚いた事にすでにリニアモーターカーが時速430Kmで営業運転している。

  建設当時世界1だった上海貿易センタービル(森ビル)は101階で493m、現在は世界5位、その横で632m127階(世界第2位)のビルが建設中。 高層ビル群のナイトクルーズはニューヨークの摩天楼のよう。

  今回は初めての外国旅行で驚きの連続でした。 私たちが見たのはほんの一部にすぎませんが、まさしく世界経済の中心にある中国の大きさとすざましいパワーを感じました。弊社の若手社員も中国を肌で感じることが出来、大いに見識を深めることができました。     

                                                                            以上       

ナイトクルーズからの夜景 南京通路方面の夜景 地下鉄の改札と手荷物検査場
 地下鉄のホームドア  券売機 上海博物館
 徐園  市場  上海大劇院
 原付サイズのバイクにペットボトル満載 手漕ぎの小舟での遊覧 水郷の景勝地、朱家角
タイヤはペシャンコ、超不安定そう・・・ 不正改造バイク 電動モーターを積んだ自転車

 

 

<2 東日本大震災被災地視察レポート> 

 平成26年10月の23~25日にかけて、社員旅行を兼ねて南三陸町防災庁舎

東日本大震災の被災地の視察と、東京の不動産開発プロジェクトの様子を体験して参りました。 

 

 この日本で何が起こったのか、これから日本はどこに進もうとしているのか、社員一同で現地に赴き、生の声を聴いて参りました。

 東北ではレンタカーを借りて東北新幹線くりこま高原駅を出発。大船渡港でロシア人を救助した太平洋セメントの輸送船、硯海丸の船長は弊社川﨑課長の実兄であったこともあり、まず初日は岩手県の大船渡市まで行き、陸前高田市、気仙沼市、南三陸町を視察しました。各地の津波被害は凄まじく、17~20m位にまで達したとのこと。町ごとごっそり流された地域や、そのまま残っている建物もあり大きな衝撃を受けました。津波の高さは内陸部の最終到達地点では後ろからの波に押される(遡上波)ので、さらにそれより高かったとのこと。

  陸前高田市のユースホステル跡は4階部分まで津波が達したとのこと。一方で奇跡の一本松付近では、町ごとかさ上げする工事が進み、巨大なベルトコンベアーが縦横に張りめぐされ24時間不眠不休の復興の工事が施されていました。 当日は復興支援の前線基地となった南三陸のホテル観洋に宿泊。翌日はホテル主催の「語りべツアー」に参加。写真は南三陸町の防災庁舎です。屋上の上まで津波が達し、多くの方が亡くなられました。屋上の電波塔につかまって助かった人もいたようです。南三陸町の戸倉小学校は海岸沿いにあり3階建ての学校は全災したものの、生徒は全員助かったとのこと。津波は学校の屋上をはるかに超えた。しかし、以前は指定避難場所を3階建ての校舎屋上としていたが、1年前に裏山の高台に変更したとのこと。一方石巻市大川小学校では沿岸部から4キロも内陸にあるのに多くの犠牲者が出てしまった。まさかこんな奥地までは押し寄せないだろうと皆が思っていた。

  ところで、松島町の瑞巌寺はほとんど津波被害がなかった。日本三景の松島海岸の230の島々が津波を防いだとのこと。さすが伊達正宗公の菩提寺。名取市閖上地区の「閖上の記憶」では、仙台平成ロータリークラブさんの案内で被災から立ち上がろうとしている方々の生の声も聴くことができました。 

                                                                 

編集後記~今回の視察旅行では、復興の槌音も力強く、被災から立ち直ろうとしている東北の方々の並々ならぬ努力に感銘も受けました。 亡くなられた多くの方のご冥福を祈りつつ、一日も早い復興をお祈り申し上げます。             

                                                      

                                                          

かさ上げ工事
陸前高田市のユースホステル 陸前高田市の病院跡地 かさ上げ工事の為の巨大コンベアー
5階建ての4階部分まで津波が押し寄せた 町全体を約10mかさ上げ工事中、奥の巨大ブルトーザーが小さく見える

縦横に張り巡らされたベルトコンベアー

ダンプで10年かかるものを本年5月までに終わらせる予定だという

閖上中学校(名取市閖上) 

多くの人が助かった

大船渡商工会議所跡 津波から町を守った松島海岸の島々

 

震災直後(陸前高田) 2015年現在(陸前高田)

                                                     

<3 沖縄視察旅行レポート 平成23年・24年>   

 沖縄視察旅行は平成23年と24年の2回行いました。

 沖縄は3Kの町と呼ばれているらしい。3Kとは観光、基地、公共工事のことで沖縄の経済はこの3つが支えているといっても過言ではない。

 観光は当然ながら国内外の多くの観光客が訪れ、多くの金を落としていく。国内の米軍基地の75%は沖縄に集中している。その基地を維持するために多くの予算がつぎ込まれている。また、基地の負担を強いるのと引き換えに、公共工事の為の巨額な予算が投入され、各地に道路や橋が造られている。細かい島々にも立派な橋が架けられ、まるで未来都市のようである。米軍基地の返還後に開発されたおもろ町は那覇新都心地区と言われ、モノレールを主要交通機関としマンションや多くの商業施設が建設された最新の町である。マンションも熊本あたりで建設されるものよりはるかに大きく、分譲価格も結構いい価格である。買っているのは東京の人が多いらしい。

 美しい海と、美味しい地元料理も楽しめる一方で、日本で唯一地上戦が起きた沖縄には各地に戦跡が残されている。中でも最も心を痛めたのがひめゆりの塔でした。平和記念資料館には悲惨な戦争を象徴するような当時の記録が多々綴られていました。

 平成24年10月9日は基地の移転問題で話題になっている普天間を見に行こうということで基地を見下ろせる嘉数台公園を訪れました。当日は偶然にもオスプレイが岩国基地から移送される日だった。展望台には多くのマスコミ関係者も取材に訪れていた。まさに3機のオスプレイが次々に飛来して来ましたが、驚いたことに非常に静かでした。むしろ熊本を飛び回っている自衛隊の旧式ヘリコプターの方がずっとうるさい・・・・! また、オスプレイは離着陸時に垂直に上昇・下降するので普通の飛行機の離着陸に比べればずっと安全なのではないかと感じました。マスコミは騒音問題と安全性をよく取り上げていますが、現実はそうでもないのではと思いました。普天間移転問題もなかなか進まない。しかし、基地に反対する人もいる一方で基地で働いている人もいる。やはり沖縄には私達の考えが及ばない深い特殊な事情があるようだ。

  美ら海水族館も感動しましたが、思ったほど海はきれいではなかった。沖縄本土は開発により赤土が海に流れ出しサンゴが死滅しているとのことで、自然保護と開発の間ではいろいとな難しい問題があるということを再認識しました。今回の視察では沖縄の歴史と近代的な再開発の2極を体験することができ貴重な学びをすることができました。                                                    

  編集後記~平成23年、24年のいずれも2泊3日でしたが、社員のKさんは毎食「沖縄そば」を食べていました・・・・!。

         泡盛もうまかった。またいつかゆっくり訪れたいと思いました。                                              

 

                   

岩国基地から到着したオスプレイ 嘉数台公園から見た普天間基地 平安座島 海中道路

                             

 

<4 大阪~能登半島視察旅行レポート 平成25年> 

  関西は東京に比べれば元気が無いといわれる中、大阪駅周辺が活気づいている。再開発プロジェクトがメジロ押しということで大阪市を視察後、能登半島に足を延ばし、各地を視察して参りました。

 大阪駅周辺は貨物ヤード跡地を大々的に再開発している。うめきた地区再開発エリアでは高層ビルの建築が進んでいた。JR大阪駅は駅のホームの両側に再開発ビルが建築されその間のホームの上部には大屋根がかけられ、空中回廊で両方のビルが繋がっていた。ホームはほとんど手をつけないまま、最新の駅ビルに変身していた。コストをかけずにうまい手法であると感じました。さらに駅西地区に広がる新梅田シティもこれから開発されるとのこと。それにしても日本の再開発プロジェクトはどこに行っても画一的な再開発形態であると感じた。

 

 2日目はレンタカーで北上、途中、東尋坊、千里浜なぎさドライブウエイ等を経て一挙に能登半島、和倉温泉へ。翌日は輪島の朝市見学後、能登半島東海岸の絶景を見ながら南下しつつ、見附島見学、九十九湾遊覧船に乗り山代温泉へ。遊覧船ではクラッチのワイヤーが切れて、船が動けなくなり代替の小舟で岸に戻るハプニング発生。日本一の遊覧船と豪語していた船頭もしょぼんとしていた。最終日は岐阜県の白川郷をめざしたものの、冬季通行止め区間に遭遇し、あと20キロというところで仕方なく引き返し。ナビの警告を無視して行ったらこの始末でした。白川郷をあきらめ永平寺見学をして帰路についた。

  編集後記~能登半島の見附島は弊社社員のU君の頭にそっくりでした。大笑い・・・!

          

 和倉温泉の加賀屋には泊まれなかったけど、一度泊まってみたいと思いました。

  レンタカーでの移動距離が予想外に長かった。今後の長距離移動は安全に配慮し、なるべく公共交通機関を使うことにします。   

 

 大阪駅西の再開発地区  大阪駅の東西ビルをつなぐコンコース  コンコースの夜景
 
能登半島の見附島 故障した遊覧船 東尋坊